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晴れ男・晴れ女はいつからいる?言葉の由来と日本における「晴れを呼ぶ人」の歴史

13 分前
読了時間: 5分

「私、晴れ女なんです」


「彼が来るといつも晴れる。晴れ男なんじゃない?」


今では旅行や結婚式、スポーツ、ライブ、運動会など、さまざまな場面で当たり前のように使われている「晴れ男・晴れ女」という言葉。


では、そもそも晴れ男・晴れ女はいつから存在するのでしょうか。


実は、その歴史を調べていくと、単なる現代の俗語だけでは終わりません。


そこには、何百年も前から「晴れてほしい」と空に願い続けてきた日本人と天気の歴史が見えてきます。


今回は「晴れ男・晴れ女」という言葉だけではなく、日本における「晴れを呼ぶ人」のルーツまでさかのぼってみましょう。



「晴れ男・晴れ女」が昔からいたわけではない


最初に押さえておきたいのは、古代の日本人が現在と同じ意味で「晴れ男」「晴れ女」と呼ばれていたわけではないということです。


現在の晴れ男・晴れ女は一般的に、旅行や行事など、その人が関わる日に不思議と天候に恵まれる人を表す言葉として使われています。


ところが、「晴れ男・晴れ女」という言葉そのものについて、今回確認できた辞書や資料からは「○年に誕生した」と断定できる明確な初出までは確認できませんでした。


一方、対になる「雨男」には興味深い記録があります。


『精選版 日本国語大辞典』では、「雨男」の用例として1944年の織田作之助『木の都』が挙げられています。少なくとも昭和前期には、人と天候を結び付けて「○○男」と呼ぶ表現が使われていたことが分かります。


ここから「晴れ男・晴れ女」も含めた現在のような言葉が、近現代の日本で次第に定着していったと考えるのが自然でしょう。



でも「晴れを呼びたい」という願いは、ずっと昔からあった


言葉の歴史は比較的新しくても、人々が晴天を願ってきた歴史は、はるかに古くからあります。

農作物にとって雨は欠かせません。


しかし、雨が長期間続けば作物に被害が出ることもあります。


そこで行われてきたのが、雨乞いとは反対に晴天を願う「晴乞い」「日和乞い」「日和申し」などの習俗です。


大阪府立中央図書館がまとめたレファレンス事例でも、高知県の一部では晴れを願う行為を「日和もうし」と呼び、長雨が続いたときなどに行われていたことが紹介されています。


愛媛県の民俗資料にも「日和乞い」が記録されており、地域によっては神社に集まり、念仏などを唱えて晴天を祈願していたとされています。


つまり昔の人々にとって「晴れてほしい」という願いは、単なる旅行やレジャーの問題ではありません。


暮らしや農業、時には生活そのものに関わる切実な願いだったのです。



江戸時代には「てるてる坊主」も


そして、日本を代表する晴天祈願といえば「てるてる坊主」です。


世界大百科事典では、日本では江戸時代に「てるてる法師」が民間で作られていたことが紹介されています。また、西日本には「日和坊主」と呼ばれる人形を使う地域もありました。


雨が続けば、人々は晴れを願う。


その願いを神社で祈ったり、人形に託したりする。


現代の晴れ男・晴れ女とは形こそ違いますが、「何か、あるいは誰かに晴れを託したい」という感覚は、日本文化の中に昔から存在していたとも考えられます。



「晴れを願う」から「晴れを呼ぶ人」へ


ここからが面白いところです。


かつては「晴れてください」と自然や神仏に願っていたものが、いつしか、


「この人が来るとなぜか晴れる」


という、人と天気を結び付けた考え方へと広がっていきます。


そして現在では、


「旅行はいつも晴れるから私は晴れ女」


「彼がイベントに参加すると雨予報でも晴れる」


といったエピソードとともに、「晴れ男」「晴れ女」という言葉が日常的に使われるようになりました。


もちろん、特定の人が気象現象を変えていることが科学的に証明されているわけではありません。


それでも私たちは、偶然晴れた日のことを「晴れ男のおかげだね!」と楽しむことがあります。


晴れ男・晴れ女は、天気を科学的に説明する言葉というより、天気と人との関係を楽しむ日本独特の文化の一つとして捉えると面白いのかもしれません。



2010年、「晴れ男・晴れ女」を文化にする活動が始まる


そして2010年、晴れ男・晴れ女の歴史に新しい動きが生まれます。


それが全日本晴れ男・晴れ女協会の創設です。


協会は2010年4月1日に創設され、2018年7月25日に一般社団法人となりました。現在は晴れ男・晴れ女検定や「ベスト晴れ男・晴れ女アワード」、晴れMAP、企業・自治体とのコラボレーションなどを通じて、「晴れ」をテーマにした活動を展開しています。


そして協会が目指したのは、単に「晴れる人を集める」ことではありません。


2018年には「晴れ男」について、2019年には「晴れ女」について独自の考察を発表し、「晴れている記憶」や晴れに対する前向きな捉え方にも注目して、そのあり方を再定義してきました。


さらに「自称・晴れ男晴れ女」から一歩進み、協会が提唱する心構えや知識を持つ人を認定する「晴れ男・晴れ女検定」も生まれました。


つまり、個人のちょっとしたジンクスだった「晴れ男・晴れ女」を、人と人がつながるコミュニティや文化として楽しむ取り組みが始まったのです。



そして「自分が晴れる人」から「誰かを晴れにする人」へ


日本人は昔から、晴れを願ってきました。


長雨が続けば日和乞いをし、江戸時代にはてるてる坊主に晴天を願い、近現代になると「晴れ男・晴れ女」という言葉が人々の会話に登場するようになります。


そして現代。


全日本晴れ男・晴れ女協会では、「晴れ」の意味をさらに広げています。


協会が掲げるMISSIONは、


「誰かのために晴れを届ける人であれ」です。


晴れ男・晴れ女とは、自分が出かける日に晴れる人だけではない。


誰かを笑顔にする。


落ち込んでいる人を前向きにする。


その場を明るくする。


誰かの大切な一日に「晴れ」を届ける。


そんな人もまた、現代の晴れ男・晴れ女だと私たちは考えています。


振り返ってみれば、晴れ男・晴れ女の歴史は、「晴れを願う文化」から「晴れを届ける文化」への歴史ともいえるのかもしれません。


昔の人は空を見上げ、「明日は晴れてほしい」と願いました。


そして今を生きる私たちは、自分自身が誰かにとっての「晴れ」になることができます。


あなたの周りにも、会うとなぜか心が晴れる人はいませんか?


もしかすると、その人こそ、これからの時代の「晴れ男・晴れ女」なのかもしれません。

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